私が、作家葉室麟氏の作品に触れるのは、現在公明新聞に連載中の時代小説『はだれ雪』が初めてです。 その格調高い叙述を断続的に読んでいます。
本日、氏の代表作とされる作品を通して読みたいとの願望と、映画化されて現在公開中であるといった刺激もあって、『蜩ノ記』(ひぐらしのき)を、昼から夜にかけて、最後まで読み通しました。
武士たる者の士魂を主題とした、謎解き的な時代推理小説としてまず始まりました。 江戸時代の藩政の主導権争いがもたらす理不尽に、主人公がいかに対応して、切腹までの時間制限のある人生を、藩の正史編纂を唯一の存在理由として全うするかといった設定でした。
作者の潤沢な古語の語彙、風景描写や会話での表現力、架空の設定ではありながら時代考証の正確さにまず舌を巻きました。
小説の導入部から暫くは、「静」の要素が基調です。 が、農民と武士との利害対立の問題が次第に前面に現れ、主人公も唯静かに死を待つばかりでは士分としての、責務を全うできなくなります。
源吉の死から、一子郁太郎と庄三郎の敵討ちの壮挙が触発され、主人公戸田秋谷も救援に赴き。事態は急転直下、「動」の展開を展開しますが。
収束する過程で、秋谷自身も意識に上らなかった、潜在意識が顕在化し、終幕を迎える事となりました。