内憂と外患とは、相互不可分の場合が多いようです。政治においても内政の乱れが、外国からの威圧や侵略を招く場合が多いようでもあります。内政の乱れは、政治の水準の低下が根本原因となるでしょう。それを防ぐ手段の一つが、健全な批判精神といえると考えられます。
では、その健全な批判精神をとは何でしょう。それは、①本質的に当然賞賛に値するものだけを褒める、といった行動様式を政治に持ち込むこと。②本質から離れた、枝葉末節の事柄を優先して論ずるといった愚を避けること。以上の二点に尽きるかと考えます。
弛緩した政治状況では、どのような愚論も暴論も、それが一定の権力を背景として発せられる限り、無批判に賞賛されてしまいます。健全な批判精神に反する行動です。ドイツの作家ゲーテの『ヴィルムヘルムマイスターの遍歴時代』には、次のような理想的な女性が登場します。曰く、「彼女は褒めるに値するものだけを褒めた」です。優れたものを見抜く眼力と、お世辞ぬきに率直に表明する胆力を兼ね備えた、人というわけでしょう。
また、当初から何とかして「まず批判有りき」の観点から、批判を始めますと、いずれ批判それ自体の自家撞着、自己矛盾に突き当たります。少し遠ざけて眺めれば、味わいのある、諧謔の余裕のある、説得的な批判の弁舌となるべきものまでは、根本的に台無しになってしまいます。
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