早稲田大学法学部在学中に、刑法各論の西原春夫先生の講義で使用した、先生の著書『犯罪各論』を、ほぼ40年ぶりに精読しました。 西原先生は当時の法学部長で、のちに総長になった方で、日本の刑事法学の第一人者です。
実社会で、自分自身が、様々な不当な行為の「客体」となった際に、それが刑事法のどのよなカテゴリーに該当するのか、「行為者」の手口を客観的に把握出来るテキストです。 これには存外普遍性があるものです。 その手口が、在り来たりであると思惟するのは、「虚構の内罰的雰囲気から解放され」、気がほぐれる効用もありました。
残念な事に、議員活動中でも、この教科書の記述を思い出す事が多くあるものです。 例えば、名誉棄損罪あるいは侮辱罪を犯していないのに、ブログでの謝罪文を要求されたこともありました。
これは、刑法223条の「強要罪」に相当する事例ですが、先日も別の「手口」で遭遇しました。 「義務でないことを、もっともらしい理屈を捏ねて、要求する」のはこの犯罪の、構成要件に該当します。 刑法は念の入った事に、同条3項で未遂も処罰します。 つまり、「可罰性のある」犯罪は、私が「言う通りにしなくても」、既に発生してしまっているのです。
それでは、「強要罪」を幇助した者、共犯者の罪はどうなるものか、と追求したい欲求にかられました。 これが、「人をして義務のないことを行わせ、」といった条文に照らせば、何ら法的な根拠にない事柄は、法律の不知は許さずの法諺の通り、既に罪を免れる事が出来ないからです。
仮に警察に告訴するとか、裁判所に民法709条の不法行為による「精神的苦痛」の被害を、民法416条の相当因果関係説に基づいた金額を、損害賠償として要求した場合はどうなるでしょう。 正当な業務であるとして、違法性を阻却する挙証責任は、行為者側にあります。
この際に、「正当な業務で無い」との立証責任は、私の側には無いのです。 また、警察や検察の取り調べや、法廷での裁判官に、この手の犯罪に付き物の、脅し・恫喝は通用する訳は無いでしょうが、仮に行ったとすれば、罪が加重されるだけでしょう。