敗戦後の日本を、「四等国」と自称した日本人が、かつてはかなりいたようです。この「四等国」なる言葉は、誰かが言い出して、新聞や雑誌の論説や論壇で、世上流布したようです。
いくらなんでも言い過ぎではないか、と私は思いました。しかし、冷静に判断すると、ある種の扇動者が好んで使いたくなるような大衆操作の「言論技術用語」であろう、と推察されて来ます。
「四等国」は、岩波書店発刊の『広辞苑』には載っていません。ちなみに「三等国」、「二等国」もありません。が、辛うじて「一等国」だけが、「国際上、最も優勢な諸国の俗称。」と、あくまで「俗な言い回し」といった言わば「限定条件付」で掲載されています。
こうなると、どうやら「四等国」は、「一等国」と表裏一体をなす「言論技術用語」だということが、徐々に判明してきます。
すなわち、「世界に冠たる大日本帝国」は紛れも無い「一等国」なのであり、その「一等国」が、総力戦に負けて占領下にあるのが、二等国でも三等国でもない、格付けから番外の、アウトロー(法外)の「四等国」、ということになるようです。
そこで、脱力感のある、あるいは無気力な「四等国民」を叱咤激励し、再び「一等国」の国民に、有難くも引き揚げていただく為には、「四等国」といったかなり屈辱的、刺激的、挑発的な語彙、不正常さを匂わす造語を、是非とも行使する必要性があった、という事のようです。
そこで、ある種の政治的特性を有する政治家が再軍備を画策した場合、「このままでは日本はいつまでたっても「四等国」に甘んずるぞ、それも良いのか!」の喝が入るようです。
また、産業界が、汀に白波の絶えない遠浅の砂浜に工場を立地する際にも、深山幽谷の秘境をダムで堰き止めて電源開発する場合も、「脱四等国」即「一等国」の標語は、失うものと得るものの比較考量の隙を与えずに、待った無しに押し通す場合、汎用性の広い、利便性の高い、抜群の有効性が確認出来るものであったろう、と考えます。
国民は、新たな発展ではなくて、かつての栄光の「失地回復」といった、絶対的な歴史的使命感、不正常さからの脱却といった義務感で、従わざるを得なくなって来るのでしょう。
先日、朝日新聞のインタビュー(4月26日付)に中曽根康弘元首相が登場し、「昭和29年度の、原子力平和利用の予算提案成立は、日本が『四等国』から脱するための、努力の道筋であった。」といった主旨の談話がありました。
正確に引用しますと次の通りです: 「そこは先見性だ。 エネルギーと科学技術がないと、日本は農業しかない四等国家になる。そう人にも言い、自分でも危機感をもっていた」
中曽根氏も、かつて「四等国」をかなり使った部類の政治家であったようです。「農業しかない」という「危機感」では、なんだか不可解です。が、ここに「四等国家」を挿入しますと、なんとなく「憂国の士の主張」となるのが、「言論技術用語」の効用のようです。
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