学芸や道徳律については、民族性は多く語られるでしょうが、不正行為や犯罪にも、民族性が現れるのではないかと考えます。どちらも、人類に普遍的な事象であり、課題であると同時に、少なくとも地域性や生活風土も関連するようです。
都合の悪い事実を穴に埋めて隠そうとするのも民族性でしょうか。民主制の未発達な政体であればこそ、為政者側の人間性は、た易く摘示できる場合もあります。
かつて、秦の始皇帝が、統治の「不都合の可能性のある書物」を焼き捨て、多くの儒者を坑(穴埋め)にして殺しました。 基本的に儒教が主流の中国で、「法家」を国の政治思想として始皇帝の時代の、きわめて例外的な悲劇であろうか、と私は思ってきました。
ところが、そのおぞましい歴史が、現代でも似たような形で繰り返されたのです。人を埋めないにしても、都合の悪いものを「坑」(穴埋め)とする、「手段」は極めて酷似しています。社会に知らさないといった目的があるのでしょう。
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