豊岡大学といえば、郷土入間市地域の大正末期から昭和初期、1920年代後半から30年代にかけての、社会教育を目指した、市民大学公開講座の金字塔といえるでしょう。
1927年10月16日、この講座に尾崎行雄氏が講師として来訪し、講演した時の議事録を、私は一部暗唱しています。その一部を剽窃するような忸怩たる思いを持って、僭越ながら引用しますと、以下の通りです。
「・・・ 政治は我々の生活と切り離しては成立しない。生活をする者に政治はどうしても必要である。生活をする者に政治を禁ずるのは不合理である。・・・」
これについては、普通選挙法が1925年に成立していながら、この時点で普通選挙が実施されない事情を批判している、と私なりに解釈していました。
最近、この講演の意味を、私なりに改めて噛み締めています。上記の講演の触りの奥義は、決して生活者の参政権の主張に止まらないのではないか、と思えるようになって来たからです。
政治とは、両刃の剣であり、生活者にとって、生活向上の道具(ツール)ともなれば、文字通り凶器ともなる、といった政治実態を、熟知した上での、尾崎氏の発言ではなかったか、と分って来たからです。
生活と政治が切り離されることは有り得るのです。それは真の政治ではない、といった大前提の上で、「政治は、生活と切り離しては、成立しない。」と論じ、そうでなければ、生活者にとって凶器ともなり得ることを、暗示していたのではないかと思います。
暗黒政治の前兆が、尾崎氏には予見できていたのかも知れません。
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