いきなり人々の心をつかむ、少なくとも気を引く語句が時・所・場合(TPO)に応じて当意即妙に出るようならば、政治家として優れた部類と言えるでしょう。
勿論それだけは充分ではありませんが、ある程度「一部が全部であるような虚構の形成」と「扇情的な民衆誘導術」といった要素は、政治家にとって必要条件のようです。
あまり奥深くなくとも、所詮政治家とは、官僚の実務能力や明哲保身は無く、学者の博覧強記や高等遊民ぶりとは別次元の存在である、と認識せざるを得ない政治状況です。確かに「夢見るゆとりのない」職種です。
「キャッチコピー」といった言葉があります。おそらく、ラジオやテレビのようなマスコミニュケーションの発達つれて、番組のスポンサーや限られたスポット広告が、どの程度商品の売り上げに貢献するか、といった商業主義の辺りから発生した言葉でしょう。特化した価値観を普遍的に解釈して、多少尊称で表現すれば、専門用語・技術用語とでも云えるでしょうか。
ところが、「引き付け言葉」と、暫定的な訳語を当てはめてみた際に、実は太古の昔から、為政者や宗教家によって、充分に熟成された経過を思い浮かべ、常に念頭に敬意を持って、敬虔な祈りを込めて接すべき、いとやんごとなき「言霊」であるように思えるのです。
現在世界中にホームページは、何億あるいは何十億あるでしょう。そのトップページで検索による閲覧者、あるいは偶然の通り掛かりの閲覧者が、更に次の階層構造に分け入らなくては、ホームページ本来の機能や権能は果たせません。トップページの「様子見」だけでは、看板や広告となんら変わらないからです。
話す内容の本体はしっかりしたものであるのは当然の義務としても、出来るだけ多くの人々に自己の政治信条や政治目的、現実の日常活動の努力と正当性を知ってもらうのは、政治家の権利どころか、義務なのです。
その「教宣」こそ、その「教宣」の段階の過程にこそ、政治家の存在意義があるようです。そうなりますと、選挙活動などは、その「教宣」の冴えたるものとなるでしょう。選挙も政治活動のかなり本来的な行動なのです。
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