富山市はかつて、1945年8月のアメリカ軍による空爆で、市街地中心部で壊滅的な戦災を被っています。
したがって、富山市の都市計画は、『戦災復興事業』の影響あるいは後遺症を引きずってきました。例えば、市街地中心部の下水道施設は、比較的簡易な「合流式下水道」となっています。
これでは、生活排水と雨水とが一緒に「下水」として流れます。 大雨となりますと、市街地に神通川から開削した水辺の松川に、下水処理できずに雑排水までな流込んでしまう、といった悩みが、今日まで継続してきました。
幸い、数年度には、貯留槽などで根本的な解決が図られるようです。
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