あまり使いたくは無い形容詞に「クール」という英語があります。 冷やかに突き放して人や物を扱うといった印象をもちますが、「冷静」といった意味を基本として、その他の付随・付帯する要素を加えた場合、存外現在の政治状況を判断するには、的確かとも考えました。
すなわち「クールな判断」という事ですが、私も、ここに到達あるいは帰着するまで、本日一日悩み抜きました。
相手が愚かな行動に出る可能性があるので、当方はそれを上回る方法で応ずべく準備すれば良いまでである、それが抑止力になる。 といった論法は、一見有効な手立てであるかのように見えて、内実は様々な憶測の集積によって、彼我共に、あらぬ方向へと悲劇を拡大する危険性が十分あり、一定の枠組みの範囲での対応が適性である、といったところに落ち着きました。
ソ連が核兵器に対する相互不信から自動報復装置を開発し、それをソ連側が次の党大会でのびっくりニュースと考えていたところ、アメリカの高級軍人の妄執の指令によって誤作動的に、アメリカの戦略爆撃機の1機がシベリア経由でソ連の大都市を核攻撃し、件の自動報復装置の作動でアメリカ各都市も核攻撃され、結局人類が滅亡する、といったあらすじの映画『博士の異常な愛情』(1963年 アメリカ)、を思い出しました。
悲劇的な内容ですが、ブラックコメディーとしてのクールさもあり、それが映画鑑賞者に教訓を与える含蓄の深さがありました。
映画上映の冒頭に、アメリカ国防省のメッセージとして、「映画で扱われるような事態は、決して発生しないと明言する」といった文言が表示されていました。 これが映画上映の許可条件ですが、現実に起こりそうな米軍上層部の腐敗にも及んでいる内容が、ペンタゴンを刺激したものか、と邪推もしたくなります。
現実社会での法外な駆引きを、庶民は暮らしの中で十分に味合わされているものでしょう。 契約書の保証の文言は、「諸般の状況により」否定されるか、強者の論理で恣意的に解釈されるものであることを、一般国民の方が、現実の生活感覚から熟知し、クールな判断、的確な判断をしていると考えました。
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