本日の朝日新聞のコラム『天声人語』に、文芸評論家で「批判の神様」の小林秀雄氏の政治観が、様々に引用されていました。コラムの執筆者の代弁者として、引用されているのかとも思い、その役を成しているようにも思われました。
政治家は「物質的生活の調整」のあたる技術者であればよい。 といった下りは、政治に没頭した者では気が付かない、傍観者としての卓見でしょう。
政治の本質は、崇高ではなく、道徳でもなく、宗教的であってはならず、「過剰な期待は」は「凶暴な怪物」となって反撃しかねないものでしょう。
今後、人口減少や少子高齢化を確実に迎える時代なればこそ、この小林氏が、おそらく敗戦から間もない時代に発した「散文的な政治観」が、社会的な共通新式となっていくでしょう。
政治における、謙抑主義・消極主義も意義を正当に評価できる時代の到来も、近いと考えました。
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